思考というのは、起きてくるのがとても早いのです。どうか気づきを、間に合わせてください。
自分の思考に、気づきを間に合わせる。皆さんは気づきが間に合っていますか?
怒りが起こります。怒りに気づきが間に合っていないと人を責めます。あの人を責め、この人を責めます。ときにその人は何もやっていないのに私が勝手に怒っているということもあります。
あの人が悪い、この人が悪い、と言ったところで、怒っているのは自分の心です。自分の思考がそうさせます。
心配、眠れない、不満・・・それらは苦しみです。それに自分が気づいていること、見えていることが大切です。もしそれらに気づいていれば、「あ、今、怒りがここにあるな」とわかります。それらは思考です。
思考が起きてきたとき、気づきが間に合わなければ、思考に自分が入り込んでしまいます。はまり込み、思考が自分になってしまいます。思考と自分がくっつきます。そして思考の通りに行動します。思考の奴隷になってしまいます。
「あの人を傷つけたい」と思い、実際に傷つける。思考のなすがままです。やってしまってから後悔して、悲しみが起きてくる。「あんなことしなければよかった」と自分を責める。やってしまったら、もう後戻りはできません。
思考に入り込んでしまい、場合によっては自分で自分を殺してしまいます。思考に取り巻かれ、自殺することもあり得ます。思考が原因なのだと気づいてください。
そうした思考は意識的に起こすものではありません。勝手に起きてきます。思考はくせ者ですが、思考が起こったときに気づきを間に合わせてください。
(カンポン・トーンブンヌム「いのちの最後の授業」p142)